私は生かされている。野の草と同じである。路傍の小石とも同じである。
by 東山魁夷
あなたは、自分が生かされているという意識を持っていますか?
タイトルの言葉は、日本画家 東山魁夷の言葉です。
私たちの生命は、生きているのではなく、生かされているのだと述べた深いメッセージですね。
私たちは、「生きている」という言葉をよく使います。
「私たちは自分の命を懸命に生きている」とか「生きている限り、精一杯生きよう」などという言葉を述べて、それを希望や糧にすることがあります。
しかし、よくよく考えてみると、私たちは「生きている」のではなく、「生かされている」ことに気付かされます。
これは人間だけではありません。
全ての動物、植物に言えることなのです。
まず言えることは、私たちは自分の意志で生まれてきたわけではありません。
自分から、「生まれたい」とか「生まれよう」と望んで生まれてきたわけではないということです。
したがって、「生かされている」ということになるわけです。
つまりは、生き物の命は、全てが天からの授かりものということになります。
「天寿を全うする」という言葉がありますが、まさに天から授かった命を精一杯に生き抜いていく必要があるわけです。
天から与えられた命なのですから、命を粗末にするようなことは絶対にしてはいけません。
自分の命を大切にすることはもちろんのこと、他人の命を脅かすようなことも絶対にしてはいけないのです。
もちろん、命だけではなく、自分自身はもちろん、他人の体や心を傷つけるようなこともしてはいけないのです。
世界情勢を見てみると、戦争やテロが世界のあちこちで頻発しておりますし、命をおろそかにするような事件が世界中で数多く起こっていることは、本当に嘆かわしいことです。
人間だけではなく、生き物の命は天から授かった宝物なのです。
そんな意識を持っていれば、簡単に命を奪うような行為はできないはずです。
私たちは、この地球上で、生かされている立場なのです。
そのことだけは、決して忘れないようにしたいものですね。
SDGsは、2030年に向けて、持続可能な社会の実現を目指し、理想的でより良い世界を創り出すために、国連が提唱している世界共通の行動目標です。
SDGsの活動をする際にも、自分たちは天から与えられた命で生かされているのだという意識を忘れないようにしたいものです。
私たち一人ひとりの命は、とても尊いものであると同時に、かけがえのない宝物なのです。
人権侵害や貧困で困窮する人々が存在することは、本来ならあってはならない社会と言えるのです。
生かされている命をどう活かすのか、どんな行動をすれば良いのか、私たち一人ひとりに問われている使命とも言えるのです。