優しくなれないなら、せめて曖昧にしなさい。
by ジュディス・マーティン
あなたは優しくなれないときがありますか?
タイトルの言葉は、アメリカのコラムニストで作家でもあるジュディス・マーティンの言葉です。
もしも優しくなれないときには、せめてその態度、行動を曖昧にしなさいと述べた深いメッセージですね。
私たちは生きていく中で、常に優しい気持ちであり続けたいと思うわけですが、ときには優しくなれないときもありますよね。
例えば、だれかに批判されたり悪口を言われて喜ぶ人はいませんし、自分の考えや行動とは違う人を見ると嫌悪感を覚えてしまいます。
罪を犯した人や大きな失敗をした人、不真面目な人や不誠実な人を見ても、そんな人を好きにはなれないでしょう。
どうしても好きになれない人や嫌悪感を覚える人に対しても、優しくできる人もいるかもしれませんが、そんな人は余程の人格者や愛情深い人でなければ、難しいことかもしれません。
そんな人格者はごく少数であり、私を含め、凡人は、嫌悪感を覚える人に優しくなんてできません。
もしかしたら、相手を批判したり、責めるようなことを言ってしまうかもしれません。
常にどんな人に対しても優しい態度を示すことができれば理想ですが、どうしてもそれが難しいのであれば、せめてその態度を曖昧にするように心がけましょう。
優しくすることができないのであれば、冷たく接するのではなく、曖昧な態度をとるのです。
つまり、無表情で対応したり、必要最低限のやり取りだけにとどめるなど、相手とはできるだけかかわらないようにすることです。
できることなら、そんな人のそばから離れられれば、その方が良いでしょう。
相手と応戦したり、議論する必要もありませんし、相手を責める必要もないのです。
ましてや、相手に恨みや憎しみを覚え、復讐しようなどと考えてはいけません。
自分と考え方や行動が異なる人とは、根本的に理解し合えることは不可能だと意識し、できるだけ相手にしないことが肝要なのです。
人間は感情豊かな生き物であり、ときには人に優しくできないときもあります。
そして優しくできないときは、心が少し乱れており、興奮している状態とも言えます。
そんなときは、冷静になり、そっと離れたり、態度を曖昧にすることで、心を落ち着かせることができ、トラブルから逃れることができるのです。
常に意識しておきたい心構えですね。
