神は我々を人間にするために、何らかの欠点を与える。
by ウィリアム・シェイクスピア
あなたは、自分の欠点を恥じてはいませんか?
タイトルの言葉は、皆様御存知のイギリスの劇作家 ウィリアム・シェイクスピアの言葉です。
神様は、私たちを人間にするために、何らかの欠点を与えるものだと述べた深いメッセージですね。
私たち人間には、必ず欠点や苦手なことがありますよね。
それぞれ人は、性格や生き方、考え方が異なりますし、得意なこと、苦手なこと、好きなこと、嫌いなことなど、多種多様であり、長所ばかりの人もいなければ短所ばかりの人もいません。
人間とは実に面白いものですね。
なぜ、長所ばかりの人は存在しないのか?
それは、人間を人間たらしめるために、神様が人間に何らかの欠点を与えたのだと、シェイクスピアは述べています。
つまり、人間が成長するため、生きていくために、欠点があることが必要だということです。
例えば、「忘れっぽい」という欠点がある人がいるとします。
やるべきことをすぐに忘れてしまったり、忘れ物が多いなど、こんな性格の人は、自分が嫌になったり、落ち込んだりしてしまいます。
そんな欠点を自覚しているならば、「何とか克服しよう」と考えて、今後は気をつけようと努力します。
そして今後は忘れ物をしないように、メモをする癖を付けたり、出かける前に入念にチェックする習慣をつけたりなど、自分なりに工夫して暮らすようになるわけです。
こんな癖や習慣を身につけると、忘れっぽい性格だったはずの人が、反対に慎重に行動したり、マメに動く性格に変わったりします。
つまり、短所が長所に変わったりするわけです。
人間は、自分に悪いことや不都合なことがあり、困ったり恥をかいたりすると、今後は二度と繰り返さないように気をつけようと考え、具体的な行動を起こすことができるのです。
こうして人間は、知恵や工夫ができる大人へと成長していくというわけです。
もしも自分に欠点がなく、長所ばかりの人間だとすると、その長所をもっと努力して伸ばそうとはしないのです。
全てが完璧な人間など存在しませんが、自分を完璧だと思い込んでいると、前もって準備するとか、工夫しようなどとは思わず、その場しのぎの行動しかしないものです。
それでは人間は成長しませんし、現状のままです。
私たちは欠点があるからこそ、それをどうやって克服し、工夫して生きやすくなるかを考え、行動するからこそ、生きていけるのです。
欠点とは、文字通り「欠けている部分」ということであり、百点満点ではないということです。
すべての試験で百点満点をとれる人物などこの世に存在しません。
百点満点ではないから、それを少しでも埋めようと努力するのです。
欠点を受け入れるとともに、自分がどうすれば成長できるか、生きやすくなるか、幸福になれるかを考えながら、今後も生きていきたいものですね。
