すべての人を同じ道で前に進ませようとするのは危険なことである。さらに悪いのは、自分という物差しで他人を測ろうとすることだ。
by イグナチオ・デ・ロヨラ
あなたは、自分という物差しで他人を測ろうとしていませんか?
見出しの言葉は、イエズス会の創立者の一人で初代総長として知られる修道士 イグナチオ・デ・ロヨラの言葉です。
すべての人に同じ道を進ませようとすることはとても危険であると同時に、自分という物差しで他人を測ろうとするのはもっと危険だと述べた深いメッセージですね。
私たちは、自分の考えや行動が正しいと思い込んでしまい、それとは異なる考えや行動する人を排除しようとすることがあります。
また、すべての人に対し、同じ道を同じように進ませようとすることは、とても難しく危険であることも理解しなければなりません。
例えば、学生時代を思い出してみてください。
学校生活においては、同じクラスであれば、全員が同じ授業を受け、同じことを学びます。
全員が同じことを学んでいるはずなのに、生徒全員が同じ成績、同じ能力になるかといえば、全く違いますよね。
良い成績を収める人もいれば、及第点ギリギリの人もいますし、下手をすれば落第したり、授業についていけずにやめてしまう人もいるかもしれません。
人はそれぞれ、同じくらいの能力があったとしても、それぞれ興味関心があること、得意不得意分野があるのは至極当然のことであり、同じ授業を受けたとしても、皆同じにはならないものなのです。
それはどんな社会においても同じです。
社会人として同じ社員教育を受け、同じような仕事を任せたとしても、人それぞれ能力や興味関心が異なるので、仕事の出来不出来に差が生じてしまうのはある意味、仕方がないのです。
人は、全員に同じ道を同じように歩ませるなんて不可能であることは理解しましょう。
また、自分の考えや行動が全て正しいと思い込み、それに反する考えや行動する人を排斥するような考えはとても危険だということも認識した方が良いと思います。
つまり、自分の物差しで人を判断したり、批判したりしてはいけないということです。
もしかしたら、あなた自身の考えや行動が間違っている可能性だってあるのです。
または、他人の行動は、その人自身の事情や環境の変化によって、対応を変えている場合だってありうるわけで、自分の思いと違うからと言って、直ちにそれを批判するのはとても危険なのです。
私たちは、自分自身それぞれが思い込みを持っています。
思い込みがあることは仕方のないことではありますが、そういった自分の考えや価値観が全てではないことは理解しておきましょう。
他人の行動が、法に反する行為や明らかなルール違反であれば、それを指摘することもよいと思いますが、そうではない場合は、自分の物差しで他人を測ろうとするのはやめましょう。
あなたの持っているその物差しが間違っている可能性だってあるのですから。
