お天道様はいくら土ぼこりを立てても隠れない。
by インドのことわざ
あなたは清い心を持ち続けていますか?
タイトルの言葉は、インドに伝わることわざです。
「お天道様は、どんなに土ぼこりがたっても隠れることはない」ことから、清い心を持つ人は、周りからどんな扱いを受けても、何が起こっても、自分の美徳を失うことはないのだと言う意味になります。
私たちの人生、生きていればいろんな出来事が起こります。
自分にとって喜ばしいこと、楽しいことばかりではなく、つらい出来事、不都合なことが起きることも多々あるのが人生です。
自分にとって不都合なことや悲しいことが起こった場合、落ち込んだり、怒りを感じたりして、私たちの心が大きく乱されてしまうことがあります。
しかし、人間的に成熟し、人徳があるような立派な人であれば、自分の身に不都合な出来事や災難なことが起こったとしても、心が乱されたり、感情的になるようなことはないのです。
なぜなら、人格者と呼べる人は、自分の思いどおりにならないのは自然なことであり、何が起きるかを想定しながら生きていけるからです。
例えば、乗り物に乗っていれば、事故に遭う可能性があることは誰もが想定できることですし、天気が乱れて災害が起きる可能性も予想できます。
また、人々から悪口を言われたり、批判されることも十分に予想できることです。
もちろん、不都合なことが起きないほうが望ましいわけですが、何事もなかった場合には、「無事に過ごせてよかった」と感謝する心を持っているのが人格者たる所以なのです。
私たち凡人は、悪いことが起きたときには「ひどい目にあった」と心を乱してしまいますが、良いことが起きた場合や、何事もなかった場合には感謝することさえありません。
「今日も無事に過ごせてよかった」とか「事故に遭わなくてよかった」などと、神様やお天道様に感謝している人などほとんどいないことでしょう。
人は生きていることそのものが奇跡であり、平穏に生活できることが当たり前ではないのです。
そのことに感謝する気持ちを忘れているから、自分に不都合なことが起きるとパニックに陥ったり、怒りを感じてしまうのです。
お天道様のように、たとえ自分に不都合なことが起きたからといって、心を乱されたり、怒りを爆発させるようなことのないよう、常に冷静に、清い心を持ち続けていたいものですね。
