一人が望まなければ、二人はケンカしない。
by ブラジルのことわざ
あなたは誰かとケンカすることはありますか?
タイトルの言葉は、南米ブラジルに伝わることわざです。
ケンカをするということは、双方がそれを望んでいるからであって、片方が望まなければケンカはしないものだという教訓のようなことわざですね。
私たちは生きている中で、誰かとケンカすることがありますよね。
子供の頃は、友達とケンカしたり、親や兄弟とケンカをしたことは誰もが経験していることと思います。
よくよく考えてみると、ケンカをするということは、双方が争うことを望んでいるからこそ、成立するのであって、もしも片方がケンカを望んでいなければ、ケンカをすることはないはずです。
もしも片方がケンカをしたくないと思っていても、相手からケンカを売られたらそれに乗ってしまうからケンカになるのです。
「本当はケンカなんてしたくなかった」と思っていたとしても、ケンカになったとしたら、それは相手の挑発に乗ってしまったわけで、「ケンカなんてしたくなかった」ということにはならないのです。
挑発に乗るということは、「受けて立とう」という意思表示になるわけで、本当にケンカしたくなかったのなら、その挑発に乗らずに、無視したり、離れていけば良いのです。
ケンカは一人では絶対にできません。
少なくとも二人以上は必要なのです。
片方がケンカすることを望まないのであれば、もう片方はそれ以上相手を責めることができず、ケンカは成立しないのです。
それでも相手が攻撃をやめずに、一方的に責め続けたとしたら、それはケンカではなく、単なる中傷、批判であって、ケンカではないのです。
私たちとしては、できれば争いごとにならないように、ケンカにならないように生きるべきです。
たとえケンカを売られても、その挑発に乗ることなく、争いを避けるように努めるべきです。
もちろん、はらわたが煮えくり返るような気持ちになることもあるかもしれませんが、なるべくケンカをしないように振る舞うことが賢明な人と言えます。
ケンカを避けたり、挑発に乗らないと、相手に負けたような気になるかもしれませんが、決してそうではありません。
むしろ、ケンカを売るような言動や怒りを爆発させるような行動をするほうが、人から信用を失います。
ケンカをしないというのは、大人の対応であり、今後の人間関係を考えるうえでも重要なことです。
子供の頃はよくケンカをしましたが、大人になればケンカしなくなるのはそういうことです。
本気でケンカをするというのは、大人のすることではないのです。
ケンカにはならなくても、相手との関係がギクシャクしたり、険悪になることもありえますが、それは仕方ありません。
どうしても馬が合わない人や、意見が対立することはありますので、それは仕方ありませんが、大人であれば、言い争いをしたり、本気でケンカをするなんて、大人げない行為なので、できればやらないようにしましょう。
もちろん、夫婦や親子同士でも、なるべくケンカなんてしないようにしましょうね。
