不当な非難は、しばしば偽装された賛辞であることを忘れてはならない。
by デール・カーネギー
あなたは、誰かに非難されて、落ち込んではいませんか?
見出しの言葉は、「道は開ける」の著書で有名なアメリカの作家 デール・カーネギーの言葉です。
誰かに不当に非難されることがあるとき、それはしばしば偽装された賛辞であることを忘れてはならないのだと述べた深いメッセージですね。
私たちは人生の中で、誰かに非難されたり、悪口を言われたりして、気分を害してしまうことがありますよね。
人によっては、相手に腹を立てたり、ひどく落ち込んでしまう人もいるかもしれません。
しかし、誰かに非難されるということは、しばしばそれがあなたに対する尊敬や賛辞であることを決して忘れてはいけません。
例えば、あなたが何か目標や夢を語ったとき、「あなたには無理だ」とか「そんな無茶なことはやめた方が良い」などとあなたを非難する人がいるかもしれません。
しかし、相手の本当の気持ちは「そんな夢を語れるなんて素晴らしい」とか「自分もそんなこと、やってみたい」という尊敬や賛辞の気持ちの裏返しかもしれません。
非難している本人も、相手を非難しているつもりでいたとしても、心の奥底には、羨ましいとか、自分もやってみたいという気持ちが潜在意識として残っていて、思わず相手を非難してしまったのかもしれません。
つまり、非難している本人も、相手を尊敬や賛辞の目で見ていることに気がついていないというわけです。
相手を非難するという感情は、自分には不可能、自分には困難だという意思表示なので、羨望の気持ちや尊敬の気持ちが伴うことはしばしばあるものなのです。
もちろん、全ての非難の言動が尊敬や羨望ではありませんが、もしも侮蔑や相手を見下すような気持ちであれば、あえて何も言わず、相手と関わらないようにするのが人間の心理というものです。
わざわざ相手を不快にさせたり、トラブルになりかねないことを言うというのは、相手を羨望する気持ちや賛辞の気持ちが少なからずあるという証とも言えるのです。
もしもあなたが誰かに非難されるようなことがあるとき、あまり良い気分にはなれないと思いますが、自分が信念を持って話したり行動したりしていることであれば、そんなに落ち込まないで、むしろ「相手は自分を賛辞しているんだな」と考えるようにしてください。
相手の潜在意識なんてわかるはずもありませんし、そう考えることで自分自身のモチベーションも上がるかもしれません。
芸能人などの著名人は、少なからず非難の的となりますが、それは賛辞の裏返しであることが多いのが現実です。
偉大なスポーツ選手や偉大な学者であっても、そんな人を非難する人が少なからずいるものです。
非難されることはむしろ栄誉なことだと思ってもよいかもしれません。
相手を非難するということは、その人のことを認めていて、意識しているということの証なのですから。
