愛着は“つながりを求める力”であり、甘えの別名ではない。
by ジョン・ボウルビィ
あなたには、愛着があるものがありますか?
タイトルの言葉は、イギリスの精神科医 ジョン・ボウルビィ博士の言葉です。
愛着があるというのは、つながりを求める力のことであり、甘えではないのだと述べた深いメッセージですね。
私たちにはそれぞれ、愛着を持っているものがありますよね。
その対象は、人であったり、物であったり、自然や趣味嗜好など、さまざまな形がありますが、愛着を持っているものというのは、人それぞれあるものです。
イギリスの精神科医 ジョン・ボウルビィ博士は、愛着とはつながりを求める力のことであり、甘えることではないのだと断言しています。
例えば、愛着を持っている人がいるというのは、その人とのつながりを大切にしたい、持ち続けていきたいという意味であり、その人に甘えるということではないのです。
そのことを絶対に勘違いしてはいけません。
趣味や嗜好も同じです。
ある趣味に愛着を持っているというのは、その趣味をずっと続けていきたい、大事にしていきたいという意味であり、その趣味に依存したり、甘えて他のことは何もしないということではないのです。
甘えというのは、自分のわがままを受け入れてくれる存在、頼り切ってしまう存在、依存してしまうということであり、愛着とは異なるのです。
愛着とは、文字通り「愛」が必要であり、その存在を大切に思う気持ちが重要になるというわけです。
「甘え」があるというのは、それを便利な道具、存在としか見ていないのです。
甘えるという感情にも、もちろん「愛」はあるかもしれません。
例えば、子供が親に甘えるという感情は、子供が親に対する愛情がなければ成立しませんので、愛するという感情はあるわけです。
しかしそれは、愛着とは呼ばないのです。
親を大切に思う気持ち、愛する気持ちがあっても、子供は親を自分の思いどおりにしてくれる便利な存在としか見ていないからです。
したがって、愛着があるというのは、愛があるだけではなく、そのつながりを大切にする、ずっとつながっていたいという思いが必要になるわけです。
つまり、「甘え」は、自分の思い通りにならなければ、愛がなくなってしまい、離れてしまう可能性が高いのですが、「愛着」は、たとえ自分の思い通りにならなくても、ずっとつながりを保ち続けたいと思える存在というわけです。
私たちにとって、愛着がある存在を持つということは、豊かで充実した生き方をするためにもとても重要なことです。
しかし、甘えという感情は、それに依存し、頼り切ってしまうという存在なので、ない方が良いでしょう。
そのことを自覚しながら、今後も生きていきましょう。
