世界のために最善を尽くしても、その見返りにひどい仕打ちを受けるかもしれない。それでもなお、世界のために最善を尽くしなさい。
by ケント・M・キース
あなたは誰かのため、社会のために最善を尽くしていますか?
見出しの言葉は、アメリカの行政官僚で講演家でもあるケント・M・キースの言葉です。
たとえ世界のために最善を尽くすような行動をしたとしても、ひどい仕打ちを受けることもあります。
それでも最善を尽くしなさいと述べた深いメッセージですね。
私たちは、誰かを喜ばせるため、誰かを幸せにするために一生懸命に取り組んだり、最善を尽くそうと努力することがありますよね。
仕事に集中して取り組んだり、一生懸命に勉強したり、人に親切にしてあげたりなど、自分のためではなく、誰かのため、社会のために最善を尽くそうと行動することがあるわけです。
しかし、自分が誰かのため、社会のために最善を尽くしたとしても、それでも批判されたり、怒られたりなど、理不尽な目に遭ったり、ひどい仕打ちをされることがあります。
なぜなら、人によっては迷惑に感じる人も実際にはいますし、余計なことをされたと憤慨する人もいるかもしれません。
また、周りの人から、「偽善者だ」とか、「見栄を張っている」などと批判されることもあり得ます。
自分自身は、本当に誰かのため、社会のために行動しているのに、周りからそんなひどい仕打ちをされるとすれば、いたたまれない気持ちになってしまいますよね。
こんな理不尽な目に遭うと、「もうこんなことはやめようか」という気持ちに陥ってしまうかもしれませんが、それでも私たちは最善を尽くすような行動を続けるべきです。
あなたは世のため人のため社会のために最善を尽くしているのですから、それを辞める必要などあるわけがありません。
むしろ、それを批判したり、ひどい仕打ちをしようとする人のほうが異常なのです。
したがって、あなたは胸を張って、善行を続けるべきなのです。
批判やひどい仕打ちをする人は、その人自身が心が折れた状態でパニックになっている状況なのかもしれないので、それは大きな心で受け止めて、寛容な気持ちになりましょう。
また、ただ単に批判や理不尽なことをする人であれば、そんな人のことなど全く気にする必要はありません。
誰かのために最善を尽くすことはとても尊い行動であり、恥ずべき行動ではありません。
批判やひどい仕打ちをする人のほうが恥ずべき人間であることは、火を見るより明らかです。
それに周りの人々は、必ずあなたの行動を見ています。
最善を尽くす行動のできる人が、尊敬や信頼を失うなんてことは絶対にないのです。
たとえ、理不尽な目に遭ったとしても、善行を否定されたわけではありませんし、過ちを犯したわけでもありません。
たまたまその人と心が通わなかったり、誤解されたり、ヤキモチを焼かれただけのこと。
自信を持って、最善を尽くす行動を続けるようにしてください。
