強いのは私ではない。強いのは理性であり、真実なのだ。
by エミール・ゾラ
あなたは、強い人間ですか?
タイトルの言葉は、フランスの小説家 エミール・ゾラの言葉です。
努力する人間、誘惑に負けないような強い人間は、その人自身が強いのではなく、理性とか真実によるものなのだと述べた深いメッセージですね。
世の中には精神的に強い人間っていますよね。
例えば、みんながあきらめてしまうような困難なことでも、最後まであきらめずに成し遂げようとする人とか、正義感がとても強く、立場の強い人間や権力者にも立ち向かっていける人など、本当に精神力の強いと思えるような人というのはいるものです。
このように、精神的に強い人間というのは、どういう人なのか?
フランスの小説家 エミール・ゾラは、自身の経験や性格も踏まえ、その人自身の精神力が強いのではなく、理性や真実が強いのだと述べています。
つまり、その人が持っている理性や真実を受け止める能力が強いのだということです。
例えば、みんながあきらめてしまうような困難なことでも、最後まであきらめずに努力を続けて、成し遂げてしまう人がいるとします。
それは、その人自身が強い人間なのではなく、その人が持つ理性や真実が強いからだということです。
つまり、その人の心に、「これは自分がやらなければならない」とか「絶対にやり遂げなければならない」という気持ちが強いからこそ、他の人たちとは違い、強い人間に見えるということです。
その人自身が特別に正義感が強いとか、努力家だというわけではなく、その人の育ってきた環境によって、それを成し遂げようという気持ちが強まったに過ぎないということです。
いくら精神力が強く、真面目で努力家だとしても、その人自身が興味がないことだったり、関心が薄ければ、最後までやり遂げようとは思わないはずです。
例えて言うならば、プロ野球選手が、優れた能力を持っているのは、努力家で精神力が強いからではなく、「野球がうまくなりたい」という気持ちが人一倍強いからに他ありません。
プロ野球選手は、精神力が強く努力家であることは間違いありませんが、「歌がうまくなりたい」とか「料理がうまくなりたい」とは思っていないはずなので、歌や料理が上達するはずがありません。
つまり、本人が強い人間なのではなく、その人自身が持っている理性と真実が強い思いとなって表れているに過ぎないということです。
努力を続けられるのは、本人の精神力や性格ではなく、「成し遂げたい」という思いの強さ、つまり理性と真実がそうさせているということです。
反対に、努力を続けられないのは、興味関心が薄く、成し遂げようという気持ちがないからに他ありません。
人間の強い精神力や努力というのは、その人自身が持っている好奇心の強さ、興味関心の深さと比例するのかもしれませんね。
