其の愚を知る者は、大愚にあらざるなり。其の惑を知る者は、大惑にあらざるなり。
by 荘子
あなたは自分のことを愚かだと認識していますか?
タイトルの言葉は、古代虫国の思想家 荘子の言葉です。
この言葉の意味ですが、「自分の愚かさを知っている者は、大愚ではない。自分の心の惑いを知っている者も大惑ではない」ということです。
自分の今の状況や心の状態を知っているものは、決して誤りではなく、むしろ自分を見つめる目を持っている賢明な人なのだということを説いています。
私たち人間は、自分の考えていることや行動していることを間違っているとか、過ちだとか思っている人はほぼいません。
悪いことと知りながら、間違っていると認識しながら行動する人もいるかもしれませんが、ほぼすべての人が自分が常に正しい人間だと思いながら生きているはずです。
しかし、ときには自分のやってしまった行動を恥じたり、後悔したりすることもあるわけで、そのときには、「自分が愚かなことをした」と反省することもあります。
また、自分がどうしたら良いか迷ってしまい、悩み苦しんでしまうこともあります。
誤った行動と認識しながらも、上司などの命令で従わざるを得ないときなど、心が惑うことも人生の中ではよくあることです。
しかし、もしも自分のことを愚かだとか、「今、悩んでいるな」と認識しているとすれば、それは本当の意味で愚かな人間でもなければ、心を惑わされる人間ではないのだと、中国の思想家 荘子は述べています。
自分を見つめ直し、考えたり、認識しているということは、自分の今の状態や将来のことを真剣に考えている証だからです。
本当に愚かなのは、自分が愚かな人間だとは一切思っておらず、常に自分は正しいと思い込んでいる人です。
そして、思い悩むこともなくすぐに行動するような人も、後になって大変な事態に陥ってしまい、心を惑わされることになるわけです。
自分が愚かな人間だと認識している人は、本当の自分の考えが正しいかどうかをよく考えてから行動できるので、大きな失敗や過ちを犯すことがありません。
つまり、決して愚かな人間ではないのです。
どうすればよいか迷ってしまい、思い悩む人は、行動する前に慎重に物事を考えてから判断するので、やはり大きな失敗はしないのです。
つまり、決して心が惑わされる人間ではないのです。
本当の意味で愚かな人間、心が惑わされる人間というのは、自分が愚かだとか、心が惑わされる人間だとは、全く思ってもいないのです。
それを認識しているだけでも、自分は賢く、冷静な人間だと言えるのです。
もしも自分を愚かな人間だとか、すぐに悩み苦しむ人間だと思っているのでしたら、これから先もその認識を持ち続けてください。
あなたは決して愚かではなく、惑わされる人間ではないのですから。
