永遠の未完成。これ完成である。
by 宮沢賢治
あなたは未完成であることを嘆いてはいませんか?
タイトルの言葉は、詩人、童話作家の宮沢賢治の言葉です。
永遠の未完成こそ完成なのだと述べた深いメッセージですね。
「永遠の未完成。これ完成である」
この宮沢賢治の言葉は、とても考えさせられる深い言葉ですね。
未完成なのに完成だと断言するのは、全く正反対の矛盾する言葉ですし、人によっては全く意味がわからない、理解できない言葉かもしれません。
未完成ということは完成していないという意味であるにもかかわらず、これは完成なのだと断言する宮沢賢治の言葉には、深いメッセージが隠されています。
それを考察していきましょう。
私たちは何かを成し遂げようと目標を持ったとき、完成した姿を思い浮かべます。
そして、完成することを目指して努力を続けていくわけです。
しかし、大きな目標、困難な課題であればあるほど、達成を果たすことは難しく、努力が永遠に続くことになります。
この永遠に続く未完成の状態こそが完成だということになるわけです。
完成してはいないけれど、未完成の状態が続くということは、日々の努力が進化し、完成に向かって行動を継続しているという証です。
未完成だということは、まだ継続する意志があるということであり、まだまだ努力が続くということになるからです。
もしも、目標が達成し、完成したということになれば、それでその目標は終わりです。
その目標に対して行動をすることもなければ、努力を続けることもなくなるわけです。
つまり、未完成の状態が続くということは、完成に向かって進化が続いているということになり、今の段階での未完成の状態が、今の完成状態だということになるわけです。
つまり、完成形や完全を求めるのではなく、進化を続けていくこと、努力を継続していくという意志が重要になるわけで、完成してそれで終わりということではないということです。
人工知能(AI)やスマートフォンなどの技術は日々進化を続けています。
この商品が完成したからこれで終わりということではなく、その先はもっと進化が続いていくということになるわけです。
つまり、AIなどの技術の進化は留まることがないということです。
それと同じで、私たちの目標にはその先がまだまだ続いていくという気持ちが大事になります。
私たちの人生はまだまだ続きます。
そして、夢や目標にも終わりなんてないのかもしれません。
完成したということになると、それですべてが終わってしまいます。
完成したと思っても、それはただの通過点であり、まだまだその先は続いていくという気持ちを忘れずに、今後も未完成の状態が続いていくと考えながら生きていければ、人はもっともっと成長し、きっと豊かで充実した人生になることでしょう。
