心が幸せなら、どこへ行っても幸せだ。智恵が目覚めれば、見るものすべてに真理が見える。真理はいつでもそこにある。いったん読み方を覚えれば、どこへ行っても本が読めるのと同じだ。
by アーチャン・チャー
あなたの心は幸せですか?
見出しの言葉は、タイの仏教僧侶 アーチャン・チャーの言葉です。
心が幸せな人はどこへ行っても幸せであり、智恵のある人は、見るものすべてに真理が見えるもの。
文字が読める人はどんな本でも読めるのと同じで、その人が本来持っている能力や心の状態によって、どこへ行こうとすべての真理が見えるのだと述べた深いメッセージですね。
あなたは今、幸せでしょうか? それとも不幸ですか?
自分が不幸だと感じている人は、得てして自分の考え方や行動のせいではなく、周りの環境や、誰かのせいにしていることが多いように思います。
「あの人のせいで私は不幸だ」とか「こんな家庭で生まれ育ったから私は不幸なのだ」などと、自分以外の人間や環境のせいにしてしまう傾向が強いわけです。
もっと言えば、不幸だと感じている人は、常にそう考えている人が多く、他責思考の強い人だと言えるのかもしれません。
自分は幸せだと常に考えている人は、どこへ行っても、だれと一緒であっても、どんな環境に置かれていたとしても、「私は幸せだ」と感じているのです。
「そんな人などいるはずがない」と不幸な人は、信じないかもしれませんが、常に明るく前向きにプラス思考で物事を捉えるような賢明な人は世の中に存在します。
したがって、幸せな人は、どこへ行こうとも、どんな環境下に置かれようとも、常に幸せな心でいられるのです。
なぜなら、賢明な人は、智恵があり、物事の真理を知り尽くしているので、どんな場面に遭遇しても、どうすれば良くなるのか、何が問題なのかを理解しているからです。
たとえ不幸だと思える状況であっても、その中にある真理や課題が見えているので、それをどう捉え、何をすれば改善できるのかを知っているので、それを不幸な状況だとは思わないということです。
文字が読める人は、どんな本でも読めるように、心が幸せな人は、どんな状況でも幸せを感じているものなのです。
文字が読めることと、常に幸せだと感じることは全く異なる概念だと考える人もいることと思いますが、よくよく考えてみると、全く同じなのです。
なぜなら、どちらも人間が持っている能力の一つであり、自分が身につけることができれば、だれでも無意識のうちにできるようになっていることだからです。
自転車に乗れる人は、違う自転車でも乗れますよね。
楽器の演奏や車の運転も同じです。
その能力がある人は、ものが変わろうと、環境が変わろうと、その能力を発揮することができるはずです。
常に幸せで、何事も楽しもうと考えている人は、たとえ自分が苦手なことをやっていても、楽しめるものなのです。
自分の心が幸せな人は、どこへ行っても、どんな状況でも幸せなのです。
常にそんな心の状態で生きていきたいものですね。
