結果はすべての手段を正当化する。
by アーサー・ケストラー
あなたは良い結果だけを見て、それを正当化してはいませんか?
タイトルの言葉は、ハンガリーの小説家でジャーナリスト、哲学者としても活躍したアーサー・ケストラーの言葉です。
「結果はすべての手段を正当化する」
この言葉には二つの解釈があります。
一つ目の解釈は、良い結果になれば、それまでの正しいやり方が証明されるということです。
つまり、あなたがやってきた手段や方法は、とても良い行動で見習うべきであり、理想的な手段だったのだという証明になるという解釈です。
つまり、あなたが一生懸命に努力して頑張ってきたからこそ、良い結果に結びついたのだという解釈であり、とても納得できる考え方だと言えます。
もう一つの解釈は、上記とは全く真逆の意味となります。
つまり、良い結果になったということは、たとえ道徳や倫理に反するような悪意ある行動だとしても、それが正当化されてしまう危険性があるという解釈です。
つまり、あくどい手段や卑怯なやり方で実行したことであっても、結果が良ければ全てが正当化されてしまう恐れがあるという意味なのです。
今の世の中、結果さえ良ければそれで良いという風潮が強くなる傾向にあります。
良い結果を収めることが最優先であり、そのためには手段を選ばなくてもいいし、多少のことなら、道徳や倫理に反することでも許されてしまうというのは、とても無謀で危険な考え方とも言えます。
例えて言うならば、「一生懸命に勉強したから、試験に合格できた」というのが理想的な社会であることは至極当然のことです。
しかしながら、「カンニングという不正行為をしたから、試験に合格できた」という社会だとすれば、それが良い社会のはずがないからです。
「試験に合格する」というのは、確かに良い結果であり、誰もがそれを目指しています。
しかし、不正行為をしてまで試験に合格することが、良いはずがありません。
受験した本人の将来にも悪影響がありますし、心にも深いわだかまりが残ることでしょう。
そして、一生懸命に努力を続けて合格した人全員に対して、とても失礼であり、裏切り行為と言えるわけです。
私たちは、結果だけを見て、人を判断してしまう傾向が強いのです。
「優勝したから能力が高い」とか「成績が良いから優れている」とか「親切にされたから良い人だ」などと、一つの行動、結果を見ただけで、全てを評価してしまう傾向が強いのです。
だから、社会から詐欺行為などの犯罪が多発しているのです。
結果だけを見て判断するのは危険だということは意識しておいたほうが良いでしょう。
結果よりも、その人の日頃の行動や、結果を得るまでの経過のほうが重要なのかもしれませんね。
